蒼空のファンタジア ~プログレと幻想趣味~

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パンズ・ラビリンス ファンタジーの持つパワー

『パンズ・ラビリンス』(2006 墨・西・米)
ようやく今夜 この映画について書く

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(2008/03/26)
イバナ・バケロ セルジ・ロペス マリベル・ベルドゥ ダグ・ジョーンズ

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監督はスペインのギレルモ・デル・トロ
舞台設定はファシズムのフランコ政権下5年目になる
1944年内戦終結直後のスペインで
ファシスト勢力の拠点だった実在の場所ベルチーデ

父親を亡くした少女オフェリアは母と共に
母が再婚した相手であるビダル大尉の赴任地へ赴く

そこで 大尉の冷酷な手段によるゲリラ討伐という現実世界と
オフェリアの見る魔法の世界が交錯していく

森の古びた迷宮で牧神パンに会ったオフェリアは
3つの試練を与えられ
その試練を乗り越えればモアナ王女として
魔法の世界に戻ることができると言われるのだ

デル・トロ監督のオーディオ・コメンタリーによれば
もともとおとぎ話とは旅をする仕立て屋や靴屋によって
大人たちに聞かせるため語り継がれてきたとのこと
そのためおとぎ話には暴力と現実が多分に含まれていて
疫病や戦争や飢饉などが投影されているという
そしてまたそこには人間の心の葛藤も表現されていて
世界を理解するのにも役立っていた

その本来のおとぎ話というファンタジーを
現代の映画の力で蘇らせたのがこの作品だ

CGや特殊メイクを駆使した魔法世界の住人たち
妖精 牧神パン 地下の大ガエル ペイルマンたちの造形も
素敵だ

「オズの魔法使い」「不思議の国のアリス」
ワイルドやアンデルセン童話 グリム童話などから引用し
月 森 迷宮 本 鍵 扉 時計 ナイフなど
作品全体に様々な象徴 暗示がちりばめられた作品は
まるで魔法にかかっているかのように美しいが
残酷なシーンもそのままリアルに描かれていて
一筋縄ではいかないテンションと重苦しさがある

あくまで叙事的な描き方をされているので
見る者が様々に解釈することができるため
単純に現実を逃避したオフェリアの幻想を描いたものだと
見ることもできるだろう

しかし細やかな技巧を凝らして展開される
現実世界と魔法世界が互いに交錯し影響し合う物語は
魔法というフィルターが人を強くもし
逆に現実の世界で強い力を持つように見えるものが
世界を柔軟に見ることができないために脆くもあることを
私たちに示してくれている

さすがにかのS・キングが
「『オズの魔法使い』以来のベストファンタジーだ」と
称賛しただけの作品だけある

デル・トロ監督のコメンタリーから2カ所ほど
印象深かったところのその翻訳を書いておく

 柔軟性に欠けることが老いることだと思う
 それが死に向かうことなんだ
 頭の中に魔法を通すフィルターがあり
 それで社会を見ることができれば
 生き生きと若くいられると思う


 僕たち映画人の仕事は魔法に頼るところがある
 作品が記憶や心に残るかどうかは
 映画の見方を心得ている観客にかかっている
 その鍵が見つけられるかどうかは
 作品の鑑賞の仕方次第だと思っている
 すべては見方だ



私は怪奇小説や怪談 都市伝説めいた話は好きだけど
超常現象や霊魂の存在などについてはかなり懐疑的だ
しかし デル・トロ監督の言葉のように
理性的な心は保ちながら
魔法を通すフィルター ある種のファンタジーを
心に持っておくことにも意味はあると思っている

ただし気をつけなければならないのは
ファンタジーには現実世界の負の面も
強く投影されるということだろう
見せかけの 表面上だけの偽善に覆われ
悪を裏に押し隠そうとする現代社会ほど
その傾向は強まる
私たちを負の世界に呑みこもうとするだけの
そういうファンタジーは注意深く避けていかなければならない
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